2009年11月20日

また引っ越します。。。

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2008年08月13日

格差社会とものづくり

前回、金融立国のことについて述べたが、金融立国のもうひとつの特徴として、格差が広がることがあげられる。

イギリスも金融センターであるロンドンを中心とした大都市圏は非常に景気がよいが、地方は苦しい状態だといわれている。

アジアの金融センターである香港には実際にいったことがあるが、貧しい方々も多く見受けられた。

日本にはまだ金融立国とは言えず、ものづくりを行うメーカーがたくさんあるのではあるが、それでも格差の問題が広がっている。

派遣や日雇いが社会問題となり、歯止めをかけようという動きもあるが、それでも格差拡大の方向へ進んでいるような感じである。

また正社員であっても、油断ができない。

大企業ではこのごろはかなり若いうちから社員を選別して、エリート教育を行うようになってきているという話がある。

これは、極端にいうと、それに選ばれなかった場合は出世の道はありません、どこか別のところに転職してください、といっているようにも聞こえる。

これはグローバルスタンダードな考え方ではある。

日本では転職が一般的ではないし、社会人キャリアの基礎となるべき大学の学位制度が欧米ほど信用できないので、すぐには大きく変わることはないとは思う。

がそのような方向に進んでいるのは間違いない

若いうちに社会的な階層が固定させられてしまう世の中になってきているようである。

これは日本のものづくりやCAEの将来にどのような影響を与えるであろうか...

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2008年07月26日

金融立国論とものづくり?

ものづくりは衰退していく日本はイギリスのような金融立国を目指すべき、という意見がある。

しかし、もし、日本が金融立国になるのであれば、日本の金融資産や株式市場の大きさから考えてもうとっくになっていておかしくないはずである。

なぜなっていないのか、ということを考えると、

−環境が整っていない

−人材が少ない

−政策がいまひとつ

−国民が乗り気ではない

など理由はいろいろいわれている。

確かに金融資産の額ということで考えれば、日本は少なくないらしいが、その割りに世界経済へ与えるインパクトは大きいとはいえない。

今後はどうなっていくかわからないが、現状の日本の金融の能力は世界へ与える影響度を考えるとまだまだのようである

ただ、最近有名大学を出た新卒者には外資系金融会社が人気という話も聞くので、そういう人たちが独立したり、日本の金融関係の会社に転職したりして戻ってくれば、状況もかわるかもしれない。

金融や投資の話をしだすと私も素人ながらまだまだ言いたいことはあるのだが、CAEからどんどん離れていってしまうので、ここらでものづくりへの昨今の金融の状況の影響について考えてみたい。

最近は投資ファンドがひとつの会社の株を高い割合で買い、株主として会社に会社の価値を上げると称して、効率的な経営を迫る、というのがグローバルスタンダードになっている。

確かに、日本のメーカーの中にはいろいろな意味でもう少し効率的な経営をした方がよいのではないの、と思う部分もある。

ただ、現実、リターンを得る目的だけのために、株を買い占める投資ファンドがあることも事実である。

そのようなファンドに買収された後、株価が上がり、会社の価値が上れば、社会への貢献度があがったいう意見もある。

また、あまりにも非効率な経営をしていた日本のメーカーが投資ファンドに買われて、たて直ったという例も聞いたことがある。

しかし、特にものづくりの現場では投資ファンドに買収されて、いわゆる経営屋が会社を指揮するようになると、ファンドや経営屋の考え方によっては、見えない資産が失われることになるのではないか、と思うのである。


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2008年05月29日

ものづくりはひとづくり? その3 知的集約型?

少し前までアメリカのものづくりについて考えてみたが、

その仕組みは、いわゆる格差社会に基づいているといえる。

つまり、一流メーカー勤務でも、

マネージメント層と一般エンジニアでは、給与格差葉非常に大きいし、

エンジニアとオペレーターを比較しても、またその差は大きい。

その点、日本はオペレーターであってもエンジニアであっても、マネージメント層であっても、

入社年数や年齢が同じくらいであればそんなに(少なくてもアメリカほどは)給与格差がない。

そのかわり、オペレーターであってもマニュアル通り誰でもできる仕事を行うのではなく、

技術技能の向上を常に求められたり、カイゼンを通して開発に貢献したりしなくてはならない。

そうした現場の力が強いのが日本のものづくりの特徴だと思う。


しかし、大量生産大量消費の時代はそれで通用したが、今後それでは通用しなくなるといっている評論家が多い。

彼らが言うには、今後ものづくりは中国や東南アジアに流れて、日本のものづくりは空洞化する。

よって、金融を強くしたり、ものづくりは知的集約型とか称して新技術のコアの部分の研究開発を中心に行っていく産業構造に転換していく必要がある、

と言っているように私には聞こえる。

しかし本当にそうであろうか?

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タグ:CAE
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2008年05月10日

ものづくりはひとづくり? その2 がんばろう一般エンジニア

現場に力、ある種の能力があり、それがマネージメントができる事と同等に扱われているのが日本の大きな特徴である。

この能力は個々が地位や職種、性別に関係なく、真面目に仕事に励み、少しでも会社に貢献する働きをしてみんなに喜んでもらおうとする心がけから生まれてきていると思う。

今の若者は昔よりドライだとか、派遣で働きたい人が増えているとか、フリーターやニートになる人が増えているとか言われている。

しかし、少なくても私の見てきた経験の範囲では、そのような人によく話を聞いてみると、やはり少しでも会社や社会に貢献したいと考えているし、行動もしているのである。

ところが、「派遣の言う事なんて」とか女性のエンジニアで「事務職上がりだから」などやる気を削ぐような事を言う管理職の多いこと。。

ただ、中間管理職の方々にも同情する点があって、さらにその上からくる要求が厳しく、若手とか派遣とかを教育する余裕はないのである。

一番上の会社のトップはどうかというと、経済のグローバル化、消費者の嗜好の多様化、株主の意識の向上など、いわいる経営環境の変化というやつに振り回されて、これまた余裕がない。

結局、会社に余裕がなくなって、人材育成や教育が疎かになる。

その結果、人が育たなくなり、現場力も低下、さらに余裕がなくなるといった悪循環である。

日本の競争力強化のためにいかに世界に通用するエリートを育成するか、ということに目を向けがちだが、現場の「一般エンジニア」の質をどう向上するか、これも決して忘れてはならない問題だと思う。

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2008年05月05日

ものづくりはひとづくり? その1 人材育成と現場力

最近、話題がCAEから離れてきているような気がするので、離れついでにすこし人材育成について考えたい。


ちかごろ中高一貫校がふえたりなどエリート教育がはやりのようである。

特に愛知県のに中部地方のトヨタ、JR東海など有力企業が出資して設立した中高一貫校は話題となった。

企業が学校を設立してまで人材を育成しようとするのは、間違いなく現状または将来的に優秀な人材が不足し、それが自社の存亡に関わってくると考えている。

たしかに日本企業はよいものを作るが、いわゆる世界戦略に失敗して、世界的なシェアを得ることをできなかった例は山ほどある。

また、最近は自慢のものづくりさえも以前より品質の低下が言われるようになってきている。
(チェックが厳しくなってきたということも原因であるが。)

これを解決するには世界に通用する人材育成ことが一つの手である事は間違いない。

よって、優秀な子供にエリート教育を行い、世界に通用するマネージャー、企業家、研究者、エンジニアを育成しようとするのは悪い事ではない。

しかし、よい企業家やマネージャーが増えても、現場の力が低下してしまっては意味をなさないと私は思う。

日本のものづくりが強い理由は、現場力が充実していたからという事は間違いがない。

その一方、近年日本のものづくりが弱くなってきたのは、現場中心のものづくりが通用しなくなったから、ということも間違いではない。

しかし、それだからといって現場を放っといてマネージメントやマーケティングに中心のものづくりを行っても、そのマネージメントやマーケティングの技術が一歩進んで先行しているアメリカや中国に追いつくのは難しい。
(中国はもともと商人の国、侮ってはいけない)

また、マネージメントが充実しても現場力が低下しマネージメントが考えている通りのものづくりができなくなっては、世界の国々と勝負できなくなってしまう。


タグ:ものづくり
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2008年04月20日

設計開発へ組み込まれたCAEへ(16) -日本のものづくり-

さて、今回は少し前までの日本のメーカーの場合を考えてみると、ものづくりは会社のトップから製造現場まで一体となってすすめるのが特徴ではないかと思う。

製造現場ではいわゆるカイゼン活動を行い、多少自分の仕事からはなれたことであっても、改善提案をする、ある意味オペレーターも開発のアイデアを出してきたのである。

また現場のオペレーターの報酬も、設計開発担当者と比べ遜色ない額になっていて、米国企業よりは高く設定されていたのである。

設計開発現場でも、ワイガヤとよばれる言葉に代表されるように関係者がチーム一丸となって、アイデアを出し合い、改善に改善を重ねてものを作り込んでいくというやり方で、高品質なものを開発してきたのではないかと思う。

製造現場、設計開発現場ともにコミニュケーションが密であり、そのコミニュケーションのなかからアイデアを見つけて、製品として実現していくのが日本の特徴、つまり会社のもとみんなの共同作業で仕事を進めていき、いわいる個の存在が欧米より薄いようにみえる。

これにより、高品質なものを高い歩留まりで生産する能力が世界トップとなり、メイドインジャパンはブランドになった。

ところが、これらの手法は大量生産大量消費の時代に通用したが、現在は大量生産しても元が取れるほど売れない時代になってきたため、通用しなくなってしまったといわれている。

また、技術の専門化、高度化が進み、他の人の専門分野にアイデアを出すのが難しくなってきたとか、個を重んじる時代になって、会社への依存が下がったため、共同作業がやりにくくなった、などいわれている。

これらは確かにそうだと思うが、だからといって、欧米のやり方をそのまま輸入して実践すればよいのであろうか。

私はそれではうまくいかないと思うし、現実そのまま輸入した企業はうまくいっていないと思う。

それよりは、今まで行ってきたやり方をベースにして、現在の世の中の状況に合うようにカイゼンするのが得策ではないかと考える。

実際に日本の自動車産業は世界の中で現在も勝ち組であるといえるが、自動車メーカーは欧米方式のシステムなどをそのまま取り入れたとは聞いたことがない。

もちろん、日本の自動車メーカーは3D-CAD設計をいち早く取り入れ、CAEについても日本をリードする存在である。

しかし、それらの導入はカイゼン活動の一環として行われ、自分たちの仕事の効率化につながるように、社内で大きくカスタマイズしているはずである。


タグ:CAE
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2008年04月12日

設計開発へ組み込まれたCAEへ(15)


もう一つ欧米の特徴として、個々の仕事の範囲が明確に定義されているということがあげられる。

自分の仕事として与えられたもの、もしくはやりますと宣言したものに関して100%やりとげることが重要である。

そのため専門性が重要視され、エンジニア同士(それ以外の職業も、かもしれない)の初対面の挨拶では、まずお前の専門は何か、ということが必ず聞かれる。

ただし、自分の仕事の範囲外のものに関しては、非常に優先順位が低い。

これらは、いわいる「個人主義」がベースになっているのかもしれない。

個人主義といえば、欧米は人間関係も非常にドライである。

ドライというとあまり、良い印象はしないが、決して悪い意味だけではない。

例えば、会議で仕事について大げんかしても、会議が終われば談笑しているのである。
(腹の底はわからないが)

ところで、PDM(プロダクト データ マネージメント)システムというのがあるが、これは欧米人にとって非常に使いいい考え方である。

つまり、
デザインの専門家が行ったデザインをPDMに入力し、
それを見てCAD設計の専門家が設計した図面を入力して、
CAEの専門家がシミュレーション結果を入力して、
実験専門家が実験結果を入力して、
.....
最後にマネージメントの専門家がこのシステムを見ながら状況を把握してプロジェクトを進める。

としたら、それぞれ専門の仕事に集中し、あとはPDMシステム上のデータを見るだけで、ものづくりができてしまう。

工場で試作品を作るオペレータ以外は、実際にものを見る機会が全くないかもしれない。

実際、外国の企業はこのようなやり方で製品開発を行っていることが多いような気がする。

このようなやり方を否定するつもりは全くないのであるが、それを日本に取り入れるという話になると、いろいろ考えなければならない点があると思う。

タグ:CAE
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2008年04月05日

設計開発へ組み込まれたCAEへ(14)

日本と欧米のものづくりの考え方の違いは、いろいろな方々が語っている。

ここでは、CAEに関する観点から考えてみたい。

ところで、欧米といってもいろいろ国があるが、ここでは多くの構造解析CAEの発祥の地であるアメリカとの違いを見ていきたい。

さて、アメリカのものづくりの特徴として、データ重視主義であるといえる。

それに対して、日本は現場を重視する。

もちろん、日本がデータを軽視しているかというと、決してそんなことはないが、アメリカ人と比べてデータの重みの感覚が違うような気がする。

これはCAEの使い方にも影響していると思う。

CAEはデータとしては非常に明快なものが出てくるので、アメリカ人は特に好む。

外資系メーカーで仕事している方、または外資系メーカーと一緒に技術開発している方はわかると思うが、CAEのデータをそんなに信用していいの?、と思うくらい信用している。

一方日本では、シミュレーションによる検証がだいぶ浸透しているが、現場では「所詮シミュレーションはシミュレーション。最終的には試験の結果が信頼できる」と考えている技術者がまだまだ多い。

せっかくシミュレーションを行っても報告書は設計開発者の書類の山の下のほうに埋もれてしまうことも少なくない。

どちらがいいのかという話になるが、私は両方のいいところ取りができるのではないか、と思っている。

特に、日本人は明治維新以降、和洋折衷という形で近代化を進めてきた歴史もある。

また、欧米のものをグローバルスタンダードだからとかいって、そのまま日本に取り入れても、うまくいかないことが多い。(成果主義とかいい例である)

どうすればいいとこ取りができるのか。

次回以降考えてみたい。
タグ:CAE
posted by tsunodako at 21:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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